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下地塗(したじぬり)

輪島塗の包み紙には、丈夫な品質であることの保証表示として「大極上 布着せ 本堅地」と判が捺されています。木地の形を整え、傷みやすい部分を補強することで丈夫で緻密な塗肌を作る下地塗の工程は、この堅牢さを支えるもっとも重要な作業であり、「布着せ」や「本堅地」といった輪島塗ならではの技法を用いることも大きな特徴のひとつです。

工程概略

1 木地固め(きじがため)

挽き上がった木地の接合部や亀裂などを小刀で浅く彫り、その箇所に刻芋(こくそ ※生漆に米糊、ケヤキの木粉を混ぜたもの)を埋めて木地の凹凸を整える。次に、木地の変形と吸水性(腐敗)を抑えるため、生漆(きうるし)を木地全体に染み込ませる。漆を塗ったあとの表面には水をはじく被膜が形成されるため、鮫肌をはった板やサンドペーパーで表面を磨き上げる。これにより、次の工程で塗る漆と木地との密着性が高まる。

2 布着せ(ぬのきせ)

木地の継ぎ目や縁、高台などの薄く壊れやすい部分に、麻布や綿布を着せもの漆(生漆と米湖を混ぜたもの)を用いて貼り付ける。乾燥させたのち、布の重なり合う部分を小刀で削って平らにし、さらに布を着せた部分と木地の境目にできた段差をなくすため惣身漆(生漆に米糊、ケヤキを炭化させた木粉を混ぜたもの)を塗る。最後、荒砥石で空研ぎ(からとぎ)をして表面を滑らかにする。

3 地塗り(じぬり)

生漆に米糊と地の粉を混ぜた下地漆を、一辺地付け、二辺地付け、三辺地付けの順に三段階にわたってヘラで塗り、その合間には空研ぎを行う。段階を経るごとに米糊の割合を減らし、地の粉はより粒子の細かいものを下地漆として用いる。これにより、漆と木地の密着性、硬度が増す。三辺地付けが終わったら、研ぎ師による研ぎの工程に入る。

【特徴的な技法】

布着せ……木地の継ぎ目や縁、高台などの薄く壊れやすい部分に、麻布や寒冷紗(かんれいしゃ)と呼ばれる目の粗い綿布を貼り付ける技法。ヘラや指で布を強く摩擦することで完全に木地と密着させ、木地の強度と耐久性を高めることができる。また、使用後に漆面が剥げたり欠けたりしても布が木地を保護するとともに、破損箇所から水分が木地に染み込むことを防ぐ効果もある。


本堅地……輪島市のみで採掘される「地の粉(じのこ)」と呼ばれる特殊な珪藻土を蒸し焼きにし、粉末化したものを漆に混ぜて下地塗に使う技法。ガラスと同じ主成分を持つ地の粉には無数の微細な孔があり、この孔に漆が浸透することで堅固な下地層を作り上げることができる。地の粉の粒子の粗いものから細かいものへと複数回にわたって“塗りと研ぎ”を繰り返すことで、他に類を見ない最高の強度を獲得する。

【道具】

まな板(作業台)、夢棚、塗師小刀、内鉋、中鉋、外鉋、床鉋、ヘラ、刷毛、研物ロクロ、荒砥石、地研砥石、耐水研磨紙など


【特性と技法の応用】

 下地塗は、輪島塗の代名詞である“堅牢さ”を生むとともに、「木の存在を消す」という重要な役割も担っています。布を張ることで木目を覆い、仕上げまでに下地が見えないほどまで漆を塗り重ねるというのは、これに起因します。

 本来の輪島塗においては、下地はあくまで下地であり、それは最終工程である上塗りや加飾(呂色、蒔絵、沈金)のための土台の域を出ません。

 しかし、優に十以上もの工程を有する下地塗の各過程においては、木目がまだ見える段階、木地の縁に着せた布が見える段階、地の粉を塗って表面がザラザラしたままの段階など、その表情はさまざまです。これら、「途中段階である下地」がそれぞれに持つ質感の違いや色味、手触りの変わり行くさまは充分にユニークであり、創作のイマジネーションを強く刺激するものです。


輪島市で二百年以上、漆器の製造や販売に携わる『輪島キリモト』で漆塗り職人として働く小路貴穂さんは、下地塗が持つ表現の可能性に魅せられたひとりです。同氏はこれまでに約三十種ほどの下地塗を応用した塗りの技法に取り組み、それらをすべてパネルにして保管しています。


その一例としては、①木地に布着せをして下地を施したあと、その表面に再度、地の粉をまぶして漆で塗り上げる蒔地の応用技法、②和紙を千切って貼り付ける一閑塗り(いっかんぬり)を応用し、わざと一度、くしゃくしゃに揉み込んだ和紙を広げて木地の上に置き、刷毛を使って漆で貼り付ける技法、③上塗りを施した表面に漆が苦手とする油を垂らして模様をつけたのち、朱漆を使って拭漆(ふきうるし ※塗った漆が乾く前に布などで擦り付けるように拭き取る)で仕上げる技法、④下地を施したあと、その表面にローラーを当てて模様を付ける技法、などがあります。


タイルや壁などの建築材料のデザインとしての実用を想定したものが多いとのことですが、これらの技法の唯一性とヴァリエーションの豊富さ、それに何より“モノとしての美しさ”に触れると、その利用を建材のみに留め置くのはあまりに勿体ないと思えてなりません。


今後、建材としての活用はもちろんのこと、各々の技法の特性を生かした新たなプロダクトの開発が待たれるところです。