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呂色(ろいろ)

 塗りあがった上漆の表面をさらに研ぎ、鏡面のような艶が出るまで磨きあげる技法です。上質の研ぎ炭、そして最終的には職人の指と皮脂を道具に、毛筋ほどの傷も残さないように仕上げます。上記の「艶上げ」のほか、乾燥させた漆の粉を蒔いて漆を塗り重ねる乾漆塗(かんしつぬり)、漆の塗面を研いで金銀粉を浮き出させる梨地塗(なしぢぬり)など、数種の変塗(かわりぬり)も呂色師の仕事です。

工程概略

1 呂色研ぎ

研ぎ炭を使って、呂色をする塗面を水研ぎする。その後、油で練った砥の粉を布につけて研いだ面を磨き上げる(胴ずり)。

2 拭き上げ

胴ずりで生じた余分な油分や不純物を除くため水拭きをしたのち、柔らかい布でよく拭いて、埃が付かないように専用の戸棚(風呂)に入れる。

3 摺り漆(すりうるし)

上質の生漆を研ぎ面に塗ったあと、柔らかい布で適度に拭き取り、塗師風呂に入れて乾燥させる。

4 艶上げ

油を含ませた綿で塗面を軽くこすり、鹿の角粉(つのこ)、またはチタニウムを少しずつ指の腹につけ、手のひらも使ってこするように磨きあげる。その後、(3)(4)の工程を数度繰り返す。

【道具】

 研ぎ炭(駿河炭)、砥の粉、角粉、生漆、塗師風呂など


【特性と技法の応用】

下地塗から上塗まで、その各工程の随所において研ぎは重要な役割を担っていますが、なかでも呂色だけが唯一、仕上げの技法としての研ぎを行っています。“鏡面のような光沢”と形容されるほどに透明感のある艶を湛えたその仕上がりは、研ぎと磨きをとことんまで突き詰めた呂色という技法の輝かしい成果であり、他に類を見ない独自性を獲得した技法であることの証左とも言えます。

「目指すところは、完璧に艶の上がったもの。つまりは、磨きの完成度をいかに高めることができるか、そこが呂色師の腕の見せどころ」

こう話すのは、輪島で「大橋呂色店」を営む大橋清さん。磨きの技を極めるため、日々の研鑽を怠らない同氏の一番の道具は、その手です。


「職人なら皆さん、もちろん手は大事。ただ、呂色師に関しては、そのままの意味で手を道具として使う。左手でしっかりと器を支え、右手で磨く。力を一定にするためには力を抜くことが必要なので、右手にはあまり力を入れない。


これは研ぎ炭で研ぐ場合も同じで、加えて、可能な限り手で磨くときと同等の力を与えるように意識する。仕上がり具合に関しては、研ぎや磨きの回数を変えることで調整する。手間だし時間はかかるが、こうしないと綺麗には仕上がらない」


「艶のあるものほど傷が目に付く」ことから、ごく微細な磨き傷さえ付けないようにするため、掛け替えのない道具である手のケアも欠かさない。


「ほんの少し、力加減を間違えただけでも傷は付く。それに、湿度が低いときは要注意。特に自分は乾燥肌なので、磨く前には必ず軽石で掌全体をこすって滑らかにしたあと、日本酒を保湿剤代わりに掌に塗ってから磨く」
呂色師として、普段は生活雑貨などを製作することが多いという同氏には、呂色の技法を実用品だけではなく芸術の分野にも敷衍させたいという思いがある。


「普通はあまりやらないが、色摺り(いろずり)という手法がある。簡単に言うと、色の顔料を混ぜて摺り漆をすることなのですが、これを何回か繰り返し拭いていくと、薄い膜ができて靄のかかったような色味が出てくる。ちょうど、磨りガラスに若干色が付いたような感じ。ただ、漆は時間とともに痩せていくから、顔料だけが残る場合があって、この変化を意図的に作ることができたらモノとして面白いんじゃないかなと。つまり、最初は漆で隠れて見えないが、時が経つごとに下地に付けた模様や柄が徐々に見えてくる作品」


日用品としての漆器は漆が目減りしても気にならないが、観賞用としては漆の目減りは完成した作品の変化、言い換えるならば劣化に繋がるため評価されない、つまりは作品として成立し難いのではないかと常々考えてきた。そこで、その難点を逆手に取り、あえてその変化を狙うという発想に辿り着いた、と同氏は話します。活用の場を変えることで、難点が利点に変化し、そのものの価値さえ一変させるという同氏の発想は、呂色に限らず多くの技法の応用を考えるうえで有益な着想を与えるものと言えそうです。