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蒔絵(まきえ)

器の表面に漆で絵や文様、文字を筆描きし、その上に金や銀などの金属粉を蒔き付けて定着させたのち、文様の部分に漆を塗り重ねて磨く技法です。上記の平蒔絵(ひらまきえ)に加えて、金属粉を蒔き付けた器の全面に再度、漆を塗ってから磨く研出蒔絵(とぎだしまきえ)、文様を盛り上げて立体感を出す高蒔絵(たかまきえ)の三つが基本的な技法です。また、夜行貝などを貼ったり埋め込んだりする螺鈿(らでん)、金銀の薄板を定着させる平文(ひょうもん)などの技法と組み合わせることで、多様な表現が可能な加飾法です。

工程概略

1 置目(おきめ)

置目紙(※美濃和紙などの薄い紙)に文様の下絵を描く。紙を裏返し、透けて見える下絵の線をなぞる形で筆描きをする。この際、ベンガラで着色した漆を塗料に使う。次に、筆で描いた面を漆器に押し当て、ヘラでしごいて下絵を漆器に転写したのち、その上にチタニウムを蒔き付ける。

2 線描き・地塗り

転写した下絵の線に従って、絵漆(※漆に紅ガラを混ぜ、油で調整したもの)を使って文様の輪郭を描いたのち(線描き)、輪郭内を地塗り用の筆を使って塗り込む(地塗り)。

3 紛蒔き(ふんまき)

漆が半乾き程度になったら、粉筒に入れた金粉を文様の周りに蒔く。金粉の量は、粉筒を中指で軽く叩いて調節する。次に、蒔いた金粉を文様の外側から内側に向かって毛の付いた専用の棒で掃き、漆の上に金粉を定着させる。

4 摺り漆(すりうるし)

乾燥後、余分な金粉を拭き取ったら、文様面の金粉を固着させるために油で薄めた生漆を綿につけて軽く擦り込む。次に、和紙で余分な漆を拭き取ったのち、漆風呂で約半日ほど乾燥させる。

5 磨き上げ

乾燥後、脱脂綿に少量の油をつけて摺り漆をした面を磨く。その後、指の腹に角粉、またはチタニウムをつけて金の表面を磨き上げる。

【道具】

 蒔絵筆、粉筒、爪盤、ヘラ、文廻しなど

【特性と技法の応用】

 諸説はありますが、日本で独自に発展した技法とされる蒔絵は、奈良時代に作られた刀の鞘の装飾法がその起源と言われています。時代が下がるごとに、蒔絵の技術レベルはより高度化し、多様な表現法を実現するに至りました。数多い日本の漆工芸のなかでも代表的な技法と謳われる所以です。

 一見して絢爛豪華な印象を受ける蒔絵ですが、その作業は緻密を極めます。金属粉の蒔きかたや筆使い、漆の塗り重ねかたなど、そのどれをとっても並々ならぬ注意力と確かな技術力が求められます。

「多くの道具を使いますが、もっとも重要な道具は蒔絵筆です。絵(文様)をひとつ書くにしても、部分で線の太さを変えていく。つまり、強弱をつけるわけですが、これにより絵に膨らみが生まれる。さらに、筆も部分ごとに使い分けるので、より多彩な表情を作ることができる。筆の種類はさまざまで、ネズミの毛や猫の毛を使った筆をおもに使います。毛先が極めて細い、というのが共通した特徴で、例えば『玉毛(たまげ)』という猫の毛の筆があるのですが、漆の含みがよく毛先のまとまりもよいので、長い線を引くときによく使います。さらに、高蒔絵のときには毛先の硬い筆を使ったり、というように蒔絵の種類によっても使い分けるので、筆は山ほどあります」


その言葉通り、蒔絵師の中島和彦さんの作業机の傍らには数え切れないほどの筆が並んでいる。また、螺鈿で用いる夜光貝など、筆以外の道具や材料の数も尋常ではなく、なかにはこれから蒔絵を施すという白鳥の卵や、木を磨くときに使うという犬の歯、使途は聞きそびれたが鯛の歯やマッコウクジラの歯まである。

「お客さんに依頼されたものを加工するのも仕事だが、自分はデザインから仕上げまで全部ひとりで作りたい人間。なので、蒔絵で使う道具や材料はもちろん、それ以外の技法で使うものも自然に増えた。依頼品に関しても、珍しい技法を提案して取り入れたりすることで、自分ならではの味付けを加えることが多い。嬉しいことに、お客さんにも喜んでもらっています」


蒔絵のみならず、多くの技法に精通する中島さんが得意とするもののひとつに乾漆があります。乾漆とは、型に麻布などを漆で張り重ねる、または漆に砥の粉や木粉を混ぜたもので成形して立体物を作る技法です。


「乾漆の特徴は軽さと強度、それに抑揚をつけやすいこと。興福寺の阿修羅像などの仏像と作り方は同じなのですが、サイズの大きなものでも部分ごとに作ってから布を縫い合わせて完成させることができる。実現はしていませんが、カヌーなんかを作ったら面白いんじゃないかなと。乾漆のものは水にも浮きますしね」


現在、中島さんが夢中になっているのは金唐皮(きんからかわ)という十五世紀イタリアが発祥とされる皮革製品で、これを一から作る計画なのだという。


「まずはヌメ革を使って作る予定ですが、試行錯誤が必要です。目指すところは 革に金箔を貼っただけのものではなく、革に漆で高蒔絵のような絵を描いた上で金箔を張って磨き出した金唐皮。サンプルとして何個か実物を入手しているのですが、この手間ひとつでまったく完成度が違う。やるなら、とことんやりたい」