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沈金(ちんきん)

上塗を施した器にノミで文様や絵柄を彫り込み、その彫った溝の部分に金銀の箔や粉を押し込んで装飾をする技法です。基本となる彫りは線彫り、点彫りのふたつで、そこに刃の形状や彫りの角度、深さなどの変化を加えることで、精巧かつ立体感のある装飾に仕上げます。

工程概略

1 置目(おきめ)

置目紙に墨で下絵を描く。紙を裏返し、透けて見える下絵の線をなぞる形で筆描きをする。この際、水に溶いたチタニウムを塗料に使う。次に、筆で描いた面を漆器に押し当て、ヘラでしごいて下絵を漆器に転写する。

2 素彫り(すぼり)

転写した下絵の線に従って、まずはノミで輪郭を彫り、次にその内部を線彫り、または点彫りする。

3 漆の摺り込み

素彫りした部分に漆を摺り込んだのち、その周囲に付着した余分な漆を拭き取る。

4 箔置(はくおき)

真綿につけた金箔を、素彫りされた溝の中に押し込んで密着させたのち、適度な湿気を与えながら乾燥させる。

5 仕上げ

文様以外の部分に付着した余分な箔を和紙で拭き取る。

【道具】

沈金ノミ、粉筒、美濃和紙など


【特性と技法の応用】

中国発祥の「鎗金(そうきん)」と呼ばれる技法がルーツとされる沈金は、輪島において独自の発展を遂げました。それは、漆を幾層にも塗り重ねることで厚みと強度を獲得した輪島塗が、彫ることで文様を描く沈金の技法に適していたからと言われます。


沈金の文様は基本、線と点のふたつで成り立ちます。線と点の集合が面を形成し、ノミを入れる深さや角度、強弱の度合いに変化を加えることで、立体感やぼかし、グラデーションなどの多彩な表現をも可能にします。


沈金師の仕事は、指定された図柄をもとに美濃和紙に下絵を描くことから始まりますが、このとき、線の本数や幹の太さなどを寸分違わず正確に写し取ることが求められます。同じ文様を繰り返し彫ることも多いため、これらの下絵は原図が作成され、沈金師のもとで大切に保管されます。


沈金師の前古考人(ぜんこ・たかひと)さんが所有する下絵のストックは数万枚にも及び、それらはすべて「沈金師としての財産」であると同氏は言います。


「職人として、自分がこれだけの数の仕事をしてきたという証でもあるし、自分にしか彫れない文様の多さを示すものでもある。というのも、沈金師にはそれぞれに自分だけの文様というものがあって、他人が勝手に彫ることが基本、許されない。なので、懇意にしている先輩の職人さんが引退した際などは、その人の文様を譲り受けるということも少なくない」


下絵をもとに彫りの作業が始まると、沈金師の集中力は極限まで高められます。彫りは修正がきかず、一刀のミスさえ許されないからです。また、その文様が完成するまで一度も席を立たないのは、作業を中断することで「彫りに微妙な差異が生まれ、文様の雰囲気が変わってしまう」のを避けるためです。

「彫りの次は装飾ですが、金粉だけ入れたものや銀粉を重ねたもの、幹の部分にだけ金箔を貼ったものなど、さまざまな表現ができます。色粉に関しても、ない色は自分で作るが基本なので多種多様です。また、あえて華やかな装飾をしないで素彫りの感触を前面に出す仕上げもある。沈黒(ちんこく)と言うのですが、金粉などの代わりにカーボンを入れ、摺り漆をして磨く技法です」

前古さんは漆器のほか、自身がデザインしたフクロウの文様を彫ったパネルなども手掛けます。また、珍しいところでは依頼を受けて魚拓を作ることもあるようで、「仕事ではなく好きでやってること」と本人は言いますが、魚拓で使った色粉の専用棚を設えるなど、その本気度は仕事とまったく遜色ないものです。


沈金の技法の応用について訊ねると、「彫りたいものはある。自分が釣った魚の魚拓」と笑顔で即答する前古さんですが、応用については「沈金の彫りは、彫刻ともまた違う。そのへんを考えてみると面白いかも」とも話します。いわゆる彫刻作品の彫りと沈金の彫りとを比較研究することで、沈金の独自性がより明確化され、応用についての新たな視点が得られるのかもしれません。


また、沈金師は独自の文様をデザインし、漆を塗った面を自在に彫り出します。応用を考える上では、どのようなプロダクトに漆を塗り、どのような文様を彫るかを考えることが第一段階になりそうです。プロダクトについては、漆を塗れることが前提となるためその範囲は限定されますが、それでも応用の幅は格段に広がるのではないでしょうか。